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□ 夏の桜 □ 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 写真 / 構成 |
11:とある少年に遺された人々
――ここは、プログラムではないどこか別の場所。 ある女性が白い布で覆われた気の箱を前にしてむせび泣いている。 青年はそんな女性の背中を優しくいたわっていた。 近くのソファーでは男性が頭を抱えて沈黙を保っている。 誰も喋らなかった。 彼らの気分をどん底へと突き落とした彼ら3人の家族、イズモ エイジの亡骸は、二度と語れぬ口で家に帰ってきた。 だが、これは知っていた事実だった。 数日前。 政府関係者と言い張る人間に、学校を休んで家で寝ているエイジが制服を着せさせられ眠りに落ちたまま連れて行かれた。 その一部始終を見ていたうえに、政府関連の人間に歯向かうこともできなかった母親であるはずの女性は、今でもそれを後悔している。 プログラムへの強制参加。 そう簡潔に、かつ端的に説明された。 止めることだって出来ただろう。 だけどむせび泣きを続ける女性は、当時拳銃を突きつけられていたので反抗どころか口すらもきけない状態だった。 自分が死ぬか、息子が死ぬか。 結局は息子を撃って自分が生を受けている。 そんなことがあって、彼女のむせび泣きが終わりを告げることはなかった。 ややあって、ソファーに座っていた男性――エイジの父親だ――は立ち上がり、いまだ泣き続ける女性、エイジの母親に「もう泣くのはやめなさい」と言った。 母親は男性の手を振り払うと、ひたすら顔を覆って泣き続けた。 先刻、エイジの担任を名乗る体育系の教諭がイズモ家にやってきた。 両親は共働きで授業参観や懇親会等は一切参加できなかった彼らと教諭は初の顔合わせなのだが、教諭は彼らの顔を見た瞬間、玄関であるにもかかわらず土下座をした。 そしてこう叫んだのだ。 「息子さんをイジメから救ってあげられなかったのも、息子さんを含む僕のクラスがプログラムに参加して皆亡くなってしまったのも、すべて僕の所為なんです!」 体育系ならではのびりびりと響く大声は、玄関口で迎え入れた父親や母親に衝撃を与えた。 息子の死はそれ以前に遺体だけの帰宅で既に飲み込んでいたが、息子がいじめを受けているというのは初耳だった。 にわかに信じられない出来事が次々と起こりすぎて、よく分からないことになってきている―― そのことを思い出したか、母親は急に大声を張り上げた。 「だいたいあの先生も先生よね! 自分が悪いとか言いながら、責任は家庭内にあるんじゃないかって言ってたわよ! 冗談じゃないわ……そんないじめが起こるような学校にしてるほうが悪いんじゃない!!」 止めなよ母さん、と今まで背中を取っていた青年――エイジの兄、ヨウイチ――がボソリとたしなめた。それでも母親の暴走はとまらない。 「エイジもエイジよ! だってあの子、そんなこと一言もいわなかったし、そんな素振りも見せなかった! 言ってくれれば私だって助けてあげたのに、あの子私たちの前でも壁を作るのよ? 私たちだって人間よ、神様じゃないし心理学者でもないから心中察せるわけないじゃない! 言ってくれなきゃ分からないのに! いじめられてるんだの一言でもいい、言ってくれれば逃げる方法だって提供したのに! 私がエイジをほったらかしにするわけないでしょ? だって私の息子よ?!」 それを言い切ったあと、また彼女は泣き崩れた。 「そうだね……でも、エイジにはそれが出来なかったんだよ、母さん」 黒いスーツに黒いネクタイ。喪服に身を包むヨウイチは呟いた。 「俺がエイジの立場でも、言えないと思う。家族に心配かけたくないからじゃない。打ち明ける勇気がなかったんだ。それでも俺はエイジの行動を責めやしないよ。いじめってさ、そう簡単に人に打ち明けられるもんじゃなくないか?」 「そうだな、ヨウイチの言う通りかもしれない」 「じゃああなたたちはエイジがいじめられてその上プログラムで死んだってしょうがないって言うの?! それが運命だったとでも言いたいの?!」 母親の威圧的な反論にも、返す言葉がない父親と兄はこぶしを握ってただエイジの亡骸を一点張りで見つめていた。 ああ、それが運命ならどれだけ数奇な人生を送った人間だったのだろうか。 少なくとも、類まれなき、すざましい人生だったかもしれない。 そんな人生に、二の句が継げなくて。 「ナツノサクラ……」 ぼそっ、とヨウイチが小声で言った。 「散るべくして散り損ねた、腰抜け桜」 ……それはエイジの机にカッターナイフか何かで刻まれた言葉だった。 部屋には大学生のヨウイチでも知っているメジャーな漫画、テレビの下の棚に丁寧にしまいこまれたゲーム、付箋が大量に張られた本棚の小説の数々。 それはどれも、終わりを告げるようにきちんと整理整頓されていて。 先日ここへ帰宅したときエイジにちゃんと勉強しろよ、と苛立たしげに忠告したことが思い出される。よもやそれが最期の会話になろうなど、思ってもいなかった。 そういえばそのときも含め、この部屋はいつも綺麗だった。 「あいつ……死にたかったのかな」 春になれば桜が咲きます。 春が終われば桜は散ります。 夏になれば桜は青々しい葉をつけます。 だけどもたった一本、その青々しい集団にまぎれて今なお満開の花をつける桜がいました。 仲間はずれ、浮き立つ薄桃、夏の狂い咲き。 桜の名は、イズモ エイジ。 end |