□ 夏の桜 □

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09:とある少年の生きる資格

 痛い――んじゃない、熱い!!
 僕は一瞬にしてうつろになった意識の糸に何とか掴みかかって落ちてしまわないように頑張った。
 意識の糸はとても細く、それはまるで蜘蛛の糸のようだった。
 離せば当然地獄行きだ。
 下を見下ろせばそこは急転直下、熱地獄や針の山へと、終わることのないインフェルノが大きな口をあけて待ち構えている。
 渦巻くものは人々の痛みへの嘆き、終わることのないものへの憂い、そして阿鼻叫喚。

 逃げようと思って立ち上がろうとした瞬間、銃声を聞き、同時に痛みがほとばしったのだった。
 肋骨の下の部分にぐちゃり、という妙な感覚を覚えた。
 立ちあがろうとした瞬間、僕はまた地面にほぼ強制的に叩きつけられたのだ。
「逃げんなよ」
 ヤマシロ コウジの冷たい声が、追撃をかける。うつぶせに倒れて身動き取れないまま、僕は意識を別のところへと飛ばした。


――エージくん、ひさしぶりだね。またいっしょにあそぼうよ。


 人は死ぬ間際になると、過去に死んだ人間が枕元に立つとよく言われたものだが、僕にとっては常に僕自身の所為で死んでしまったショーヘイ君の遺影が背中に張り付いているようなものだった。
 ショーヘイ君と遊ぶという事は、すなわち同じ世界……来世に行くという事だ。
 僕は……ああ、死んだのか?
 一面真っ白な世界で、光が強い。
 まぶしすぎて、ショーヘイ君の姿が見えなかった。
 それでも身体が軽い。だんだんと痛みや熱さが感じられなくなった。


 ねえ、ショーヘイ君。死ぬとき、痛かったかい?
 即死だったのかな?痛みとか、感じた?
 僕の所為だよね、僕があんな道路に出ちゃうから、それを追いかけてきたショーヘイ君が死んじゃったんだよね。

 僕は、忘れていたよ。
 君と同じ大量の血をばら撒いて死んだ人を見るまで。
 僕は、忘れていたよ――本当の死を。
 ゲームや小説なんかじゃないよ、もっと、もっと……。

 肌を触れば冷たい。
 皮膚の弾力性があって、青白くなった皮膚の下に蜂の通っていた血管のレールが見える。
 骨はほとんどバラバラになったけれど、それ相応の固さはまだあって。
 洋服についた血の色がやけに赤かったっけ。
 ああ、それは夕焼けよりも赤かったよ。
 そうだな、公園にあるペンキ塗りたてのジャングルジムのように赤かった。
 僕は、死にたくなかった。
 ごめんね。
 君のようにはなりたくなかったんだ。
 普通に病気か何かで死にたかった。
 自殺願望があったくせに、おじいちゃんになってしわくちゃになるまで死ぬなんていう予定運命は考えてなかった。
 ああ、僕はやっぱり弱虫だ。
 死にたいなんて言っておきながら、本当は死にたくなかったんだよ。
 でもこんないじめられっこのデブである自分が大嫌いで、誰も助けてなんてくれないから、もうどうしたらいいのか分からなくて。

 やっぱりぼくは、しんだほうがよかったそんざいなのかな?
 だから、こうしてころされるのかな?

 お前、やっぱ死んだほういいんじゃん?というヤマシロ コウジの声が聞こえてきて、僕はうっすら目を開けた。
 それでもまわりは暗闇なので、目をあけても閉じてもそう大して変わらなかった。
 僕は何も答えられなかった。
 答える言葉も無かった。
 死にたくなかったのに、死にたい。
 死にたいのに、死にたくない。
 こんなんだから僕はいつまでたってもノロマのデブなんだ。
 こんなんだから僕はいつまでたっても散りぞこないの桜なんだ。
 早く散ってしまえばよかったのに、早く死んでいればよかったのに。
 そうすればこんな苦しい思いもしなくて良かったんだろうなァ……。
 ああ……でも、一度でいいから、皆と一緒に楽しく喋りたかっ――
 
 バンッ……



 悲しき銃声が、夜の闇に轟いた。






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