□ 夏の桜 □

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08:とある少年の空より高い天王山

 ああ、僕に安息の地とやらはないのだろうか。
 ヒ イヅルが流す午後6時の定時放送を聴き終え、鉛筆を置いた。
 深い、深いため息を漏らす。
 夏休みのときに読みふけった長編ファンタジー小説は、戦乱の世の中、主人公がいわゆる安息の地を求め旅するものだった。
 だがもちろんその安息の地がやすやすと見つかるわけもなく、当然旅路の間、戦に巻き込まれたり過去の自分と対面したり、死との対面もあった。
 今思えば、僕は未来の自分をその小説に予期したのかもしれない。

 だけど僕はそんな賢くて力強く、精神的にも強い人間じゃない。
 デブだし、ノロマだし、苛められて助けを求めることも出来ない、孤立した人間だ。
 何か得意なことがあるわけでもなければ、開き直ることすら出来ない。
 本当に、弱い人間だ。
 自分の不甲斐なさに心底ため息が出た。


 惜しくも鬼籍入りとなってしまったクラスメートの名前に線を引いた名簿をもう一度見返してみる。
 プログラムが始まってまだ8時間か9時間程度――なのにまた新に3人の死亡者の名前が連ねられていた。
 スオウ アズサ・・・その3人のうちの一人になってしまった。
 眼前で血を流し倒れた彼女。
 首を鋭いナイフで串刺しにされ、頚動脈断絶による大量出血。
 ああ、僕はそれを見た。
 ああ、そうだぼくはあのときなにもできなかった。
 奥歯を噛み、ぐしゃぐしゃの髪の毛を自ら引っ張る。
 自責の念。
 僕がいけないんだ。
 スオウ アズサは僕を助けたばっかりに、疑心暗鬼でスオウ アズサ以外の人が見えなかったタジマ カホに殺された。
 なんというエゴイズムに囲まれた人だったのだろう。
 僕も、タジマ カホも、エゴイズム100%で出来たたんぱく質の塊だ。
 なんて汚らしいんだ。
 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
 僕は涙が自然と浮き上がってくるのを感じたので、ワイシャツの袖でぐいぐいっと乱暴に拭いた。


 僕は進まなければならなかった。
 なぜなら死にたくないから。
 狂乱したタジマ カホに追いかけられ、命かながら撒いてから結構経っている。
 僕は次第に落ち着きと平生を取り戻したので、次にするべき物事を考えたのだ。

 僕がまずするべきことは靴の入手と現在位置の確認。
 靴の入手――これはまぁ、タジマ カホに追いかけられたとき焦っていたので靴の存在を忘れ、靴下のまま家を飛び出てきたからだ。
 こういうとき、靴のありがたみを知る。
 森の中もコンクリートの上も靴下であるかなければならないとなると、石や枝を踏んだりしてかなり痛かった。

 それから現在位置の確認――これもまた重要な項目となる。
地図をみるとここは島らしい。
 僕は家族旅行など滅多に行かなかったし、ましてや島などとは無縁の生活をしていたので、島がどういう風になっているのか知らない。
 とにかく禁止エリアと言う名前からして危なそうな(僕は結局ルールをまだ理解していない)ものがある以上、その禁止エリアとやらに入らないように努めるのが最重要ポイントの一つとなりそうだ。
 周りを見渡した。どうやらこのあたりは密林か何からしく、日光の杉街道のように一本の道路をそれなりに背の高い木々が挟んでいる。

 地図を広げ、島のところに林という単語があるような場所を探した。
 あった。
僕はとっさに地図の中央右側のほうを指した。
 広くはない雑木林が示されている。
 それでもかなり簡易的な地図だから、場所の特定がいまいち出来ない。
 とにかくこの地図に示されている分かりやすいポイントである商工会議所まで歩いていくことにした。
 そこはまだ禁止エリアとして読み上げられていない。
 そこまで行くのにも禁止エリアはない。
 かけ離れた場所に禁止エリアがしかれたことに感謝した。


 歩いていく途中、ふとかばんの中にコンパスがあるのを思い出した。
 立ち止まり、膝をついてリュックの中をあさる。
 パンがあって、水がある。(そういえば不思議なほどおなかはすいていない)
 一番底のほうにコンパスを見つけた。
 よし、これで何とか方角が分かりそうだ。
 地図と照合してとにかく北のほうを向く。
 太陽は今眠りについているから、方角が分からなかったのだ。
 一緒に懐中電灯も取り出し、ライトをつける。
 何もないまま歩いているよりはずっとずっとましだった。


ダァンッ・・・


 徒競走の号砲か何か――いや、それにしてもかなり大きな音だ――の音が鳴り響いた。
 背筋にぞっとするものを感じ取る。
 音が・・・近い!!
 猟銃か何かのようなあんな野太い音。
 この辺りに僕以外の誰かがいるのか?
 逃げなきゃ。
 逃げなきゃ、逃げなきゃ!!
 無我夢中で黒い霧のような暗闇をコンクリートで舗装された一本道沿いに走っていった。


「待てやぁイズモォ!!」
 このドスの利いた中学離れした低い声の関西弁を・・・僕は知っている。
 もしかしたら一番聞いている声かもしれない。
 僕を苛める不良グループのリーダー的存在のワカサ ダイゴロウだ!!
 じょ・・・冗談じゃない!!
 何で今頃あの人と遭遇しなきゃならないんだよ!
 ヤバイヤバイ絶対殺される!
 僕なんて格好の餌食に決まってるじゃないか!!

「ははは! 死ねえ!」
 アイツは絶対僕を殺そうとしている、それは明らかだった。
 何故分かるかって?はは、一体それ以外の何があるってんだ?
 死にたくない死にたくない死にたくない!!
 僕が何したっていうんだ!
 苛められるならまだ黙っていればいいんだけれど、それだけの理由で僕はあいつの“ゲーム”の対象になっていいのか?
 冗談じゃない!

 僕は、僕は死にたくない!!

 僕はさっと脇の林の中に飛び込んだ。
 靴がない状態では枯れ枝の散漫した地べたは痛い。
 だけど文句を言っている場合ではなかった。
 とにかく僕は足が遅いんだから走れ、走れ、走れ!


 無我夢中で懐中電灯で先を照らしながら北の方角に走っていると、途中で脇からさっと黒い影が飛び出してきた。
「なっ!!」
 僕は慌てて急ブレーキをかけた。
 が、かなわず木の幹に顔面から激突した。






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