□ 夏の桜 □

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04:とある少年の怖いもの

 草むらに飛び込んだはいいけれど、実際僕はここがどこかわからなかった。
 小学校の校庭のようにも思える。
 枯れかけたアサガオの植木鉢にはひらがなで学年、クラス、名前が随分汚い字で記されていた。
 花弁の外側が茶色く黒ずみ、下を向いてよれている。
 そうか、もう夏は終わってしまったんだ。

 僕は枯れたアサガオを見て自分と重ねた。
 正直な話、僕は死にたいと思っていた。
 小学校のころからクラスメートとは一線引かれた存在だったけれど(きっと僕が太っているのと人との意思疎通が出来ないのが原因だろうと僕は思っている)、中学校になってからはその一線が深い海溝になっていた。
 そんな毎日が耐えられなくて、僕はいつも死にたいと思っていた。
 テレビで最近多く報道されるようになった子供の自殺のドキュメンタリーを見て、内心「もうすぐ僕もこうなるんだ」と自負していた。
 自殺する時には必ず主に僕を苛めているワカサ ダイゴロウヤマシロ コウジエチゼン ミユキ、それからタンバ サチコの名前を絶対に書いてやろうと思っていた。
 それからこうやって結ぶんだ。
 “先生ももちろん、クラスメートや親兄弟、誰一人として僕を助けてくれませんでした”……って。


 だけど僕は死ねなかった。
 夏休みが終わって学校が始まり、それが当たり前のような日常生活が舞い戻ってきても、僕は死ねなかった。
 僕はアサガオなんかじゃない。
 アサガオを視線からはずした。

 僕は夏の桜。
 散るべき春を過ぎたまま、未練がましく咲き続けるあの夏の桜だ。

 死にたかった。

 この腐乱した世界からはやいところエスケープしたかった。
 だけど僕は死ななかった。
 なぜか。
 僕は今の今までそれは自分に死ぬ勇気がないだけだと思っていた。
 思っていたんだ。
 だけどつい先刻、ヒタチ リョウタの鮮やかな鮮血にまみれる死体を見てその見解は変わった。
 死ぬ勇気が無かったんじゃない。

 ただ単純に、怖かっただけだ。


 小さい頃僕の背後で4トントラックに轢かれて死んだショーヘイ君のようになりたくない。
 理由はわからないが頭にどす黒い大きなほくろのような穴を開けて血を流して死んだヒタチ リョウタのようになりたくない。
 ただ愚直に、死ぬことが怖くて怖くて怖くて!!
 頭の中では「死ぬ」と「死に対する恐怖」が尾っぽを噛み合いひたすらぐるぐると飽きることなく回っている。
 どちらかがどちらかを食い殺すまで、その格闘は終焉を迎えることはないだろう。
 頭が、重い。


 僕はふと視線を上げた。
 どうやら僕は自己の世界に入り浸ると現実世界に戻りにくくなる習性の持ち主らしい。
 いつの間にか今さっき(いや、ずっと前かもしれないけれど)僕が出てきた小学校の昇降口のようなところにカガ タカトシの小柄な姿があるのを見つけた。
 僕は少し安心した。
 確かに周りは皆僕を助けてはくれない敵だらけだ。
 それでもその敵の中でも少しだけ気の許せる人間がいた。
 それがカガ タカトシ。
 僕は無遠慮に草陰から飛び出してカガ タカトシに声をかけた。

「イっ……イズモ!!」
 彼は僕が呼びかけた声に対して、変に上ずった声で返した。
「ちょ、ま、待ってよ」と彼は必死に左右を確認すると、走り寄る僕に手で待てと合図した。
 何でだよ、何でそんな風に嫌がるんだ?
 僕はただ君にこのプログラムのルールを聞きたかっただけなんだよ!
 知ってるだろう?
 僕はこのプログラムのルールを聞き損ねたまま教室を追い出されたんだ!

 「来るなよぉ!!」とカガ タカトシが男子にしては高い声で叫んだのと、バンッ!!という何か別の大きな音がシンクロした。
 僕は夏休みが終る前に戦争映画を見た。
 だからこの音には記憶がある。
 小型拳銃の音だ――


「うひゃあああ!! やっぱりいぃいい!!」
 僕もとっさに映画の中の青年がそうしていたように身を伏せたが、カガ タカトシもそうやって身を伏せた。
 僕の顔とカガ タカトシの顔が近くに迫る。
 や っ ぱ り っ て 、 ど う い う こ と ?
「何で来たんだよぉ! 冗談じゃないよぉ! イズモが来るから狙われちゃっただろおお!!」
 泣き顔とも取れう歪んだ表情をこちらに向けながらカガ タカトシはあたり構わず絶叫した。
「なんなんだよぉ、なんなんだよイズモはいっつもぉ、そうやって俺に頼んなよぉ! イズモと一緒にいるってワカサ君たちに知られたら、俺までいじめられるだろぉ! 冗談じゃないよ!」
 頭の中が、真っ白になった。
「逃げるんならひとりで逃げろよ! 何で僕まで巻き込むんだよぉ!」
 それは、僕がウザいって言う意味なのか?僕は彼が首を横に振ってくれるであろうわずかな望みをかけて尋ねてみた。
 だが返ってきた答えは「そうに決まってんだろぉ! 実際こうやって襲われてるんじゃん!」という絶望的なものだった。
 ぼくは、あたまのなかがまっしろになった。
「いやだあああ!!」
 銃声はもうしなかったけれど、カガ タカトシはそんな絶叫だけを残してどこかに逃げていってしまった。
 その後になって2発目の銃声が聞こえる。
 今度は、大きな音と感じていたはずの銃声が、はるか彼方のもののように感じた。
 僕はふらふらと立ち上がり、銃声がしないことを確かめてから歩き出した。





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